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2009/09/29
メキシコの住宅はことごとくコンクリートでできているので油断しているからか、シャワールームと居室のレベルが同じであって、洗濯機を回してぼーっとしていると居間まで浸水してきた。雑巾でバケツ一杯分の水を片付けると、床がピカピカになった。予期せず裸足で歩ける床になったのである。
2009/09/28
雨上がりの日曜にメキシコシティから北に1時間のSanCristobalへ。バラガンが企画、設計、分譲した超のつく高級住宅地。文字どおり分譲地の入り口にはゲートがあって、その中は人と馬のための楽園である。住民のための街路からは、個々の住宅の塀がセットバックして芝生や庭木を街路と共有している。ニューアーバニズムの教科書のような街路。住宅地の合間に浅い水盤、よく手入れされた芝生、バラガン壁があまりにも鮮やかなコンポジションをなしている。それでもなお水盤と馬のためのものであるし、芝生は生命をもっているし、壁はモルタルで荒らされ、垂直に近いメキシコの日差しをうけて陰影をたたえているから、現実感を喪失するような感覚はない。とても現実的で幸せな抽象空間である。年代の割に精度の高い大きな壁は、小さなRCラーメンにレンガが充填されている。レンガの大きさはまちまちで、そのために15mmもの目地で吸収しているが、外面は非常に平滑。職人の能力が高い。
土曜に常春の街Cuernabacaへ。バスで1時間半。宮殿とカテドラルを核にした小さな都市である。
宮殿はもと要塞として建てられたがその役を果たすことはなく、今では1.2mにもなる壁の厚みに面影を残している。宮殿からクーポラがみえるほどの距離にカテドラルが建つ。淡い壁画だけで装飾のない簡素な黄土色の躯体、黄色いガラスの嵌った窓、暖色の光をちらつかせるキャンドル、行儀良く並ぶ木の長いすが、身廊を茶色の斑の空間にする。簡素で巨大なカテドラルは、宮殿よりも要塞のような威容をたたえている。外部にはフライングバットレスに力強く支えられたロッジアがある。外部空間での宗教行事を好むインディヘナ(先住民)のための場所という。
2009/09/21
ジェシカのサンフランシスコ引越しお別れ会をXochimilcoで。シティに一番近い田舎のXochimilcoは水郷都市で、中心部から少し離れると川と水路が巡っている。trajineraという屋形船にcarnita(焼き豚)とtortillaと展覧会で余した200本のビールを積込んで、歩くほどの速さでゆるゆると発進する。
浮き草の群生する面は静かにゆらめき、木の生えた小さな離れ島から子供たちが飛び込み、僕らと同じくFiestaをする船と挨拶を交わす。無限にあるビール、湿気を含んだ穏やかな風、沈み行く太陽。ほとんど夢のような状況である。
2009/09/19
メキシコ日本広報文化センターにて、タロウさん・ミホさんによるProyect JAPONの展覧会のオープニング。メキシコに住む日系移民111人にインタビューをして、ビデオと写真でドキュメンテーションをするプロジェクトの、途中経過としての展示。モノクロームの顔の写真と抜粋された言葉が並ぶ。彼らが日本語とスペイン語で語るのは、日本人が日本語で言わないような日本そのものである。揃ったフォーマットから個々の違いが浮き上がるが、111人へのインタビューが終わったことには彼らの共通性が明らかになるだろう。
2009/09/17
独立記念日のソカロへ向かう。メトロは前後3駅でストップしているので、待合せ場所のBellas Altes前まで小雨のなか歩いていくと、すでにただならぬ雰囲気。サーチライトが雨に曇る大気を照らし、交通規制が敷かれた道路には露天が軒を並べている。
Bellas Altesで集まり、ビールで景気付けてZocaloへ向かう。いつからか泡の出るスプレーが大流行し、老いも若きも男も女もメキシコ人も外国人も泡をか けまくっている。雪でも降ったように石畳の道路が白い泡に浸る。水中メガネを持っていったほうがいいと言われていたが、冗談ではないと気づくのが遅かっ た。謎の成分の泡が顔面に襲い掛かる。そして応戦。泡まみれ。
Zocaloの前では泡スプレーはもとより危険物の持ち込みが規制される。 Gridには一歩遅れたが、夜空を照らす幾筋ものサーチライトやレーザービーム、世界遺産の至近で打ちあがる花火、大音量のマリアッチのもとに、3万人のメキシコ人が狂喜する。
2009/09/15
週末、メキシコシティからGuanajuatoへ。5時間のバス移動でメキシコの低密地帯を通り過ぎる。緩やかにうねる地表は雨季のおかげで黄緑色に覆われ、まばらな木立が地平線上に並んでいる。黄緑色はときどき背が高くなると、それはトウモロコシ畑であり、木立が整然と並ぶと、それは畑の防風林である。既存の自然のランドスケープと人の手が加えられた畑地とは、寸法とレイアウトが違う以外はほとんど同じ。見過ごしてしまいそうなくらいの微差。地面に定着するRCフレームレンガ壁の建物も、土と同じ材料なので、地表が少し顔を出したようである。
Guanajatoへつくなり、まさに文字通り、雨季の洗礼を受ける。Guanajuatoは谷筋の目抜き通りを中心に発展しているので、大雨は山肌を洗って中心地を水没させてしまう。そのために地下に排水路としてトンネルが張り巡らされて。今では自動車道路として利用され、地上はほとんど歩行者のために解放されているのだが、このときばかりはしっかり排水路と化している。いまだに機能を保つ山間の二層都市。
蛇行する坂道の目抜き通りにはコロニアルの建物がひしめいている。そのうちの一軒が焼鳥屋に入る。店先で回転するチキンは総勢50羽余。直火で豪快に炙られながら脂を落としている。
谷筋から少し上がると住宅街。鮮やかな色の箱と街路が密実にからみあいながら等高線を横切って上がっていく。地形と直方体による驚異的なパースペクティブ。車の立ち入らない街路はシティに比べて断然安全で、子供も道で遊ぶ。世界遺産に登録されてからも拡張されているという外延は作りかけの住宅が多く、まだ塗り込められていない煉瓦の赤茶色が目立つ。
目抜き通りから上がった道を歩いているとTaller(アトリエ)を見つけたので声をかけてみる。日本語で返事をされたので驚いていると、住んでいるのは日本人とメキシコ人の夫妻。Mojigangaという、紙でできたねぶたのような人形を作っている。ペントハウスから入り階段を下りると街を一望できるTaller。さらに降りるともうひとつのTaller。さらに階下にはまだ階段の繋がっていない倉庫がある。急峻な斜面にコンクリートと煉瓦でできた箱が食込んでいる。
Guanajuatoのほとんどの住宅は斜面に建っているので、細長いすり鉢状の都市を一望できる。自分たちと同様の住宅が反復して今眺めている都市をつくり、眺めている都市を良く見ると自分たちと同様の住宅が見える、再帰的な状況。全体を形成する部分である感覚。私と都市との一体感がある。
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