2010/01/29


シャッターに小さなシャッターの扉がついているのはメキシコ方式のセキュリティーである。セントロはSant Domingo教会の向かいにあるこの小扉を勇気をもって開けると、朦々と煙草の煙が充満するなかにアーティストが70人ぐらいひしめいて、カラオケで大合唱している。深夜2時とかのこと。タロウさんとその友達アーティストの誕生会なのだが、高地にもかかわらずなんだか濃ゆいメキシコの空気をさらに凝縮したような濃密な空間に圧倒されて、ただ立っているだけでも生気が抜けていく気がする。

2010/01/20


まさかのヒラルディ邸で誕生会。カラチ事務所でヒラルディ邸の調査をしているマサさんが家主と仲良くなり、80余人のフィエスタが発生した。夜のヒラルディ邸では、プールの浅い位置に埋め込まれた照明からの光がほとんど全反射して、水の塊が光で充満する。水と空気の境目が際だつ状態は、昼に無化された水面とは真逆。水は光によって存在を得て、壁は色によって質量を失い、いまだ知り得ぬ浮遊感が室を満たす。空間のための建築である。

2010/01/19


週末にローマ地区のA邸で改装作業第二段。玉座つきクローゼットとちゃぶ台を制作するも、既存物の精度の低さに苦しむ。クローゼットは建具が入るので精度の低さは命取りである。フルハイトの窓から差し込む光が容赦なく部屋を暖め、集中力も切れ切れになる。日本ならフローリングでビー玉が転がったら建て付けが狂っているといってクレームをつけるが、メキシコでは壁が上下で3センチ傾いていても何のことはないのである。

2010/01/13







カラチ設計の国立図書館を見学。大きさの他に特徴の無い外観の次に見えるのは、メキシコ技術表現主義の成し得た奇跡の内部空間。壮絶であり神聖、軽妙であり記念的である。圧倒的な情報量と光が降り注ぐようにレイアウトされる様はカテドラルであり、リニアで見通しのきくグラウンドレベルは駅か工場のインフラ的空間である。加重と空間を支える書架とスチールロッドは、その見えない応力によって空間を緊張で満たす。光を断片化しながら執拗に反復する書架は、身廊と外部の間に距離を生んで、空間を包囲する。行き止まらず常に水平垂直に抜けがあり、爽快。全く今までにない空間体験である。

2010/01/07

091222 @Ciudad del Carmen, Villahermossa




14時間のバスは辛く、早朝5時にLagoonの港町Ciudad del Carmen到着。チケットを買おうとすると、眠いmuchachaは不機嫌の極みだった。6時過ぎの日の出を待って、小さなバックパックを背に町を歩く。30分ほど歩くと唐突に水平線。締め固まった砂浜を歩く。ランニングする人、自転車に乗る人、バイクに乗る人などがちらほら。その足でセントロを目指すも、この町のセントロはヒストリコではなく。マックやスーパーマーケットの点在するロードサイドだった。エビの像だけが噴水の中央で濡れて眩しい。ターミナルでチケットを換えてVillahermossaへそそくさと向かう。Ciudad del Carmenわずか滞在6時間。道中は次第に水浸しのランドスケープに移り変わる。
蛇行する川沿いの観光地Villahermossaは蒸し暑く、東京の夏休みのよう。中心地Zona Luzの安ホテルに荷を置き、川を見に行くと、泥っぽく、土手に草が繁茂している。ひとしきりセントロを回る。中心地はインターロッキングが敷かれて自由が丘のよう。6時ごろから飲み始め、外をぶらぶらしていると、オカマみたいなでかい娼婦に声をかけられ"核心"を掴まれる。ホテルに逃げ帰り飲み直す。川沿いのテラスの音が2時までうるさい。

091223 @Villahermossa




北のLagoへ。緑色のいりくんだ穏やかな水面。郊外の風景を抜けてセントロへ戻り、2階建てのTuribusで夕涼み。川岸のバーのテラスで対岸の線状の夜景を臨んでビールをあける。昨夜の娼婦を避けながらホテルに戻り、うつらうつらしていると同じフロアで何事か始まる。先ほどの娼婦か。部屋はトイレのごとく壁がタイル張りであり、高窓のおかげで音声が筒抜けである。バーよりもずっと耳障りで寝られない。

091224 @San Cristobal de las Casas



9:30のバスでChiapasのSan Cristobalへ。山越えのルートは本を読んでやり過ごせるほど穏やかではない。映画をみてスペイン語を浴び、Chiapasの景色を見て8時間を過ごす。鬱蒼とした森、切り立つ山々に混じって、挽板と亜鉛鉄板波板の小屋が建つ。乾いた光に照らし出され、とても軽い。夕方San Cristobal着。ミホさんに紹介してもらった手作り本のアトリエTaller Leñateroを訪れる。マヤの人たちと共同で作られる本は繊維やインクの盛り上がりが見えて生々しい。ホテルに荷を置き、San Juan Chamalaへ。タクシーで不安になる暗い山道を20分、民族衣装をまとったインディヘナの集う教会は、松の葉を焚き、夥しい数のろうそくを灯し、ただならぬ雰囲気が充満している。広場では少年たちがロケット花火と爆竹が炸裂させていて、一発食らう。クリスマスのために帰りのタクシーがやってこないのに気付いたのは2時間後で、鼻をすすりながらながら警官に話をすると、いとこのタクシードライバーを呼んでくれるとのこと。凍える手前でセントロに戻り、そのままホテルで眠り込む。

091225 @San Cristobal de las Casas





朝食のチアパスコーヒーがうまい。セントロの近くはスペイン瓦の勾配屋根で、ファサードに軒が出ているものが多い。壁はRC+煉瓦造か、土造。古い建物は石造か。セントロを離れると緑の山並を背にした乾燥した風景。挽板かブロックの壁に亜鉛鉄板がひらりとかかる。ほどなくしてセントロに戻り、旨すぎるコンソメを食べて飲み始める。道にはみ出したバーで飲んでいるその間にも、クリスマスにも関わらずやってくる民芸品売りの少年少女。民芸の質は高いが、彼ら彼女らの生活の質はどうか。それでもインディヘナの子どもは真直ぐな眼をしていて可愛らしい。自らの文化と生活とマヤの血に誇りを持っている。先住民は決して劣った民族ではないのだ。

091226 @Palenque


朝11時のバスに乗ってPalenqueへ。例によって道は山を抜けるあいだ蛇行するので本は読めず。山を覆う木々は深くなり、亜鉛鉄板の屋根ははアルミ箔を散らしたように、質量を失って輝く。夕方Palenque着。ミラネサ定食を食べてドミトリに入る。窓のない、暗い、湿気を含んだ空気の動かない部屋だがすぐ眠くなる。

091227 @Palenque




朝、Oaxacaからやってきたマサさんと合流してPalenqueの遺跡へ。森というかジャングルにたくさんの種類の植物が生い茂り、圧倒的な緑量に石積みの遺跡が覆い尽くされる。川のせせらぎ、滝の音。遺跡であるが死んだ雰囲気はなく、賑やかであり幸福である。森が開けると緑の大きな勾配に白いピラミッドがたちが散在する。ピラミッドの上に神殿や宮殿がちょこんと載る様は、基壇が肥大化したようであり、山肌に無理なく置かれる様は、土木的な整地のごとき所作である。内部空間はひたすら重く苦しい。

091228 @Palenque/Mizol-Ha, Agua Azul





Misol-HaとAgua Azulへ。Misol-Haは落差30mほどある滝で、ジャングルに囲まれ、滝壺を抱える。絶え間ない水飛沫。Agua Azulは棚田のような水盤と滝の連続で、水はほんとうに青い。開けた大きな場所を滑り落ちる滝から、ジャングルの中の小さな滝、あるいは穏やかな池ま様々。そのうちの一つで泳ぐ。石灰質曲面と豊富に流れる水が心地よい。小さな滝壺は壮大なジャグジーである。この日、日本のキャッシュカードを無くしたことに気付く。メキシコのほうの口座には残高が無いので困ったものである。

091229 @Palenque/Yaxichilán







Palenqueのメイン、Yaxichilánへ。バスで2時間余り、グアテマラ国境ちかくでバスを乗り換え、さらに進んでボートに乗り換える。これが意外に速いのだが、30分ほど飛ばしたとことで入口が見える。草木と苔に文化と歴史の全てがのみ込まれる夢のような風景。川の側で際限なく植物の湧き出る場所で、石の遺跡は永遠を象徴しようとしたかもしれないが、今や同化している。ボートで涼しい風を受けながら戻り、Bonampak遺跡を続けて見るも、もうお腹いっぱい。

091230 @Merida


100%を超えるような湿度の地から、一路バスで沿岸の都市Meridaへ。同行しているマサさんは風邪薬の副作用で具合を悪くし伏している。ホテルは裕福な家を改装したようなもので、僕らはピロティの上の一室に入る。ピロティは自由に使える屋外キッチン。すぐ横にプール。気候は春のようで理想的。豚のトマトソース煮のパスタを作って落ち着いた夕食とする。

091231 @Merida/Celestún





遅く起きてフラミンゴの飛来するビーチCelestúnへ。水平線があまりにも水平で、抽象的で、美しくて、驚く。砂浜には割れてすり減った貝殻がたくさん混じっていて、ときどきカブトガニの甲羅が打ちあがっている。フラミンゴではないが下くちばしに袋のついた水鳥が波に浮かんでいる。太陽が高度を落とし、にわかに雲の裏に入ってそのフリンジを輝かせる。風はすこし涼しい。セントロに戻って年越しの瞬間を迎えたが、存外味気ない。ただカテドラルは装飾少な目で空間構成が明快で秀逸。

100101 @Merida/Progreso



Progresoの浜へ。強風吹きすさび、海鳥は波打ち際で空中静止している。曇天のもとビールを空けるも、あまりの風から逃げるようにカフェへ飛び込んで外を傍観。厳しい状況だがマッチョなメキシコ人は嬉々として泳ぐ。チャリと合体した屋台でMalquesitaというのを買うと、パリパリしていてうまくてお祭り的食べ物である。海鳥の群を至近で眺め、セントロへ戻る。イカのパスタを作ってマサさんの栄養とするも、体調は良くも悪くもならず、ただ気が弱っている。

100102 @Merida/Bolonchón




世界遺産の遺跡Uxmalに行くためにバスターミナルへ行くも、12時過ぎから1時間半待ち。そこから1時間半で着くはずが2時間走ってもそれらしきところには停まらない。運転手に訊くと、もう通り過ぎたっぽいリアクション。Bolonchónという村で降りてMeridaに戻るバスを待つ。見知らぬ地でバスを待つうちに不安がこみ上げてくる。村のおじさんたちと話していると、彼ら同士ではスペイン語ではない言葉で話している。練習でマヤ語を話すのだという。そのうちに2等のautobusがやってきた。空調は寒めだが、言い知れぬ安心感と落胆が湧いてくる。

100103 @Chichen Itzá, Cancún







風邪薬の副作用に苦しむマサさんからペソを借りて別れを告げる。その足で世界遺産の遺跡Chichen Itzáへ。1等のautobusはとてもとてもスムーズにChichen Itzáに到着。人でいっぱいだが、遺跡の形はバリエーション豊かで状態も良い。エッジの立ったピラミッドと、稠密な彫刻のなされた教会(ボリュームはほぼ石のキューブ)が秀逸。石灰岩の大穴Cenoteは神がかった造形。すぐさまCancún行きのバスに乗る。手持ちのペソが少なく指をくわえながらリゾートの街を散策。金はないが、公園でビールをあける。

100104 @Cancún/Isla Mujeres








雨音で起きる。ビーチに行く予定だったのでげんなりして二度寝。雨が上がったところでCamiónでPuerto Juarezへいくも、Isla Mujeresへの往復の船代は140ペソだという。Lonely Planet情報の2倍である。貧困の僕はそのチケットを買えず、さらに遠くの港Punta Samまで歩くと、こちらのフェリーは片道18ペソ。自転車くらいの速さでゆったりと、信じられないくらい美しい海を渡る。明るいエメラルドグリーンの海には恐怖が溶け込んでいない。ビーチを歩き、海につかり、島を散策。砂の細かさ、砂浜の巾、水の色、透明度、暖かさ、波の穏やかさ、どれも申し分ない。ほぼ天国である。水平線と地平線が漸近し、彼方に建つ中高層のホテル群がスカイラインを人工的にしている。ただし絶景を前にしても腹は減る。帰りのフェリーで少年たちがすするカップヌードルのなんと魅力的なことか。貧乏は心を貧しくする。清貧いうのはありえるだろうか。ホテルちかくの公園で、カップヌードルを肴にビールを飲む。カップヌードルのコストパフォーマンスの高さにただただ脱帽。翌朝24時間走るバスに乗り帰京。